白い杖作文

白い杖愛護作文受賞者

小学校の部(低学年の部)

区 分 学 校 名 学年 氏  名 題 名
最優秀 甲府市立池田小学校 土屋 遼 ぼくにできること
優 秀 甲府市立国母小学校 土橋 柚那 ゆう気を出して
優 秀 甲府市立羽黒小学校 古屋 優 かくだいしゃほん
優 秀 甲府市立池田小学校 阿部 奈菜美 言葉が出なかったバスで気づいた事
優 秀 甲府市立里垣小学校 志村 愛佳 めのみえないせかい
優 秀 北杜市立高根東小学校 清水 こはる わたしがおばあちゃんの目になる

小学校の部(髙学年の部)

区 分 学 校 名 学年 氏  名 題 名
最優秀 甲府市立東小学校 辻 旺伯 白いつえ
優 秀 山梨市立日下部小学校 櫻井 優羽 白いつえのような人
優 秀 山梨大学教育学部附属小学校 名取 月湖 もうどう犬と私
優 秀 大月市立猿橋小学校 吉澤 真琉 目の見えない人への思いやり
優 秀 甲府市立善誘館小学校 古屋 はな 目がみえないこと
優 秀 北杜市立高根東小学校 清水 かおる どこにいようと・・・。

中学校の部

区 分 学 校 名 学年 氏  名 題 名
最優秀 甲陵中学校 白倉 英奈 音でつながる
優 秀 甲州市立勝沼中学校 望月 友樹 マイナスがプラスに変わる
優 秀 甲州市立勝沼中学校 加茂 結莉 感じ方一つで変わる。
優 秀 甲府市立南中学校 星野 萌花 希望があふれる社会に向けて
優 秀 山梨大学教育学部附属中学校 田中 亮太郎 福祉国家を目指して
優 秀 山梨大学教育学部附属中学校 鎌倉 裕朗 子犬からの教訓

高等学校の部

区 分 学 校 名 学年 氏  名 題 名
最優秀 甲府工業高等学校 大橋 一樹 その一歩を着実に
優 秀 甲府工業高等学校 吉田 彩純 私にできること
優 秀 甲府南高等学校 波羅 友樹 盲人が住みやすい社会を目指して
優 秀 甲府南高等学校 渡邊 彩子 「気遣い」のかたち
優 秀 甲府南高等学校 中村 英里 女の子が教えてくれた勇気
優 秀 山梨高等学校 堀内 菜月 心の瞳

白い杖愛護作文最優秀作品

《小学校低学年の部》

甲府市立池田小学校 2年 土屋 遼

ぼくにできること

 みちを歩いていると、ときどき目が見えなくて白いつえをついて歩いている人を見かける。つえでコンコンさぐりながら、まるで目が見えているかのように歩いている。すごい
な。こわくないのかな。
 目が見えないのって、どんなかんじなんだろう。ぼくは、目をつぶっていえの中を歩いてみた。どこにどんなものがおいてあるかわかっているはずなのにこわい。歩き出したとたん、足がイスにぶつかった。いたい。つくえの上にあるこれは何だろう。えんぴつかな。赤えんぴつかな。本を読みたくても読めない。うちのかいだんは何だんあったかな。どこでおわるの。そとにも出てみよう。ぼくのくつはどれだろう。げんかんを、おそるおそる出てみた。いえの中よりこわい。だんをおりてにわを歩いていたら、犬のナナがのし上がってきた。思わずしりもちをついてしまった。どうろも歩いてみようと思ったけど、足がすくんでしまって歩けなかった。
 目が見えないのって、すごくこわかった。何がおこるか体でかんじるまでわからなかった。それに、おいてあるものも、手でさわってみたり、音を聞いてみたりしなければわからなかった。そんなことをしてもわからないものもあった。目の見えない人ってすごいなとあらためて思った。
 でも、そんなすごい目の見えない人たちもこまってしまったりすることはたくさんあると思う。どこかでもしこまっている人を見かけたら、たすけてあげようと思う。ぼくはまだ小二だから、たいしたことはしてあげられないかもしれない。だけど、ぼくには、何でも見ることができる目がある。だから、そういう人たちのかわりに、ものやけしきを見てつたえてあげたいと思う。そして、みんなもぼくと同じ気もちだったらいいなと思った。 

《小学校高学年の部》

甲府東小学校 4年 辻 旺伯

白いつえ

 ぼくは、今年で八十才になるおじいちゃんといっしょに住んでいます。おじいちゃんは目がよく見えません。
二十年ほど前に緑内しょうという病気になってしまいました。今は右目はぼんやりとしか見えず、左目はまったく見えないそうです。
目がよく見えたころおじいちゃんのすきだったことは山に登ることやゴルフをすること、スキーなど体を使って運動することだったそうです。これらのことはぼくも大好きです。もし今おじいちゃんの目が見えていたら、ぼくもいっしょにやっていたでしょう。でもそれができなくてとてもざんねんです。
 その他にも、おじいちゃんが昔できたのに今はできなくなってしまったことはたくさんあります。たとえば車の運転や新聞を読むことやテレビを見ることなどです。これらは毎日の生活を支える大切なことです。
 今おじいちゃんが一番楽しみにしていることは、ラジオをきくことや、家族のみんなが「いってきます。」と言うのを聞くことだそうです。このことから、今おじいちゃんは家の中で声をかけてもらうことが一番大きな楽しみなのだな、と思いました。
 今気をつけて見てみると、ぼくの身近な所にもおじいちゃんのように目が不自由でこまっている人がいます。だからぼくはそういう人にも声をかけようと思っています。
 自分の体の中で不自由な所がない時は体の不自由な人のことはあまり考えないことが多いものです。しかし、だれでもけがや病気などで体が不自由になってしまう可のう性はあります。だから、目の不自由な人のことも、その人の身になって考えることが大事だと思います。もしも、白いつえをついている人を見かけたら、まずやさしくあいさつをして、その人の様子をよく見、声をかけてほしそうだったら声をかけようと思います。

《中学校の部》

甲陵中学校 1年 白倉 英奈

音でつながる

 カンッカラカラ、カシャン!カン、カン!
 室内に響くボールの音。当時、小学校二年生の私は驚いた。それが私と、この競技《スルーネットピンポン》の出会い。そして、私の目の見えない方への認識が変わりはじめたきっかけの出来事だ。
 私が今回改めて振り返る機会となったのは、それは、八月から行われているリオデジャネイロオリンピックだ。ふと見た卓球の試合で、先程書いた《スルーネットピンポン》を思い出したのである。
 スルーネットピンポンは、山梨で誕生したスポーツである。年齢・障害の有無は関係なく楽しめ、参加できる競技だ。音を頼りに選手達が戦う――。静かで白熱した競技なのだ。
 実際に試合を見ると、健常者の方も参加していた。視覚障害のある選手の感覚を研ぎすます姿。障害者と健常者が何の違和感もなく、スポーツを楽しんでいる。私の価値観が変わった瞬間だ。
 まず、工夫さえすれば障害者の方も、スポーツを楽しめるということ。そして、健常者の人も工夫すれば、障害を持っている方と一緒にスポーツできるということが心に入ってきた。
「音」を求めることで、障害も関係なくなる。つながることができる。それは、とても素晴らしいことだと思う。「音」を通じて、目が見えても、見えにくくても、見えなくても、同じ時間と場所を共有することができる「音」という感覚が私達をつなぐのだ。
 私は、健常者と障害者の間に大きくて、高い壁があると考えていた。その壁を壊すのは、私自身の心なのだ。大切なのは、健常者が先入観で物事を考えるのではなく、積極的に知ろうとすることなのだ。
 スルーネットピンポンの出会いが私を変えた。目の見える人と見えない人は交流できない、そういう風に考えていた頃が恥ずかしい。むしろ、多く交流することが重要だ。そう考えられるようになった。
 日本では、平成二十八年四月一日から、障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律がスタートした。この法律は、障害のある人もない人も、互いに、その人らしさを認め合いながら、共に生きる社会をつくることを目指しているそうだ。
 障害のある人もない人も共に暮らしやすい社会は、スルーネットピンポンで音でつながったようなことを、一つひとつ積み重ねていくことを大切にすることで作られていくのではないだろうか。

《高校の部》

甲府工業高等学校 1年 大橋 一樹

その一歩を着実に

 私は登山を趣味にしています。先日、甲斐駒ヶ岳という山に登りました。始めから登山道は険しく、踏み外せば滑落のおそれもある上級者向けの危険な山です。そんな山の登山口で私は驚きました。白い杖を握り、同行者と手を繋いでいる人がいました。私はその姿を見て、目が不自由な人だと分かりました。私たちと同じように大きな荷物を背負い、これから登り始めるという独特の緊張感に包まれた様子でした。私たちが登り始めると、そのすぐ後に、登ってくる姿を見ました。ペースはゆっくりでしたが、同行者の人と協力し登っているのを見て、私は感動しました。
 私たちにとって山の登り始めはただの上り坂としてしか感じたことがありませんが、彼にとってそれはとても厳しい道のりのはずです。力を振り絞り、懸命に登る姿を見て、私はとても強い力をもらいました。登り始めから三時間くらい経ち、ここからは険しい岩場や、すこし足を踏み外せば崖下へ滑落してしまうような危険な道のりです。私は正直、「ここからは彼らにとって危険すぎる。目に不自由のない私たちでも進むのに苦労するのに、ここから先に進めば死と隣り合わせになる。」と思っていました。そう思って後ろを見ると彼らの姿はありませんでした。「やはり進むことを断念したか。」と残念なような、安心したような心持ちでいました。
 私たちは山頂に登着し、帰りに向かって下山していると、前からさっきの彼らの姿が見えてきました。私はまた驚かされました。同行者の方と手を携えながら、その決して大きくない一歩を着実に重ねて、ゆっくり、慎重にこちらに向かってきます。すれ違うとき登山ではあいさつをすることが一つのマナーだとされていますが、私は思わずこんにちはより先に「頑張ってください。」という言葉が出てしまいました。彼はこちらを向き、ニコッと笑ってこう言いました。「ありがとう。頑張るよ。」その言葉には普通の人にはできない絶対に登ってやるぞという執念ややる気や自信や思いを沢山詰め込んでありました。「気を付けてください。」と私は彼に伝えお互い進み始めました。
 下りながら彼のことを考えました。私たちはただ趣味として登っているけれど、彼にとっては命をかけたチャレンジなのだろうということや、彼は無事登れたかということを。人とは違ったハンディキャップを前向きに考え、一生懸命頑張る姿からは沢山学ぶべきことがあると思いました。下りで休憩していると、彼らが追いついて来ました。彼は荷物を置き、そよ風を全身に感じていました。私たちが感じないようなことも分かるということに、また感動させられました。この貴重な体験で学んだことは、これからずっと大切にし、沢山の人に伝えていきたいです。

生活体験文最優秀作

《児童生徒の部》

山梨県立盲学校高等部 2年 高遠 涼介

グランドソフトボール

 僕は七月十六日に東京で開かれた関東地区盲学校グランドソフトボール大会に学校の代表として参加しました。昨年もこの大会に全盲プレーヤーとして参加しましたが今年はアイマスクをつけず弱視プレーヤーとして初めて参加しました。
 僕は弱視プレーヤーというとボールがしっかりと見えて上手くできそうなイメージがありました。練習を初めてみると弱視プレーヤーも自分が想像してたよりとても難しいことがわかりました。だけど上手くなりたいと思い、放課後自分で何回も練習をくりかえしました。その結果ボールをキャッチする事が上手になることができました。ですが野球は自分一人が上手くてもチームメイトと協力できないと試合では勝てません。僕は人と協力して何かを達成するという事が好きなので、チームメイトと協力して守備ができるように努力しました。そしてチーム一丸となって守備ができるようになりました。
 僕には課題がもう一つあります。それはバッティングです。僕がボールを打つとなぜか全盲プレーヤーの方向に行ってしまいます。そこを直すために僕はバットを出すタイミングを少し早くしてみたり、バントなどを試してみたりしました。
本番直前に、社会人チームとの練習試合をすることになりました。練習試合は緊張しませんでした。自分が思ってた守備はできなかったけど、バッティングではしっかりとヒットを打つことができました。この練習試合で、僕は自信を付けることができました。
 そして本番になりました。僕はすごく緊張してしまい守備の練習のとき上手くできませんでした。でも試合が始まると、緊張はなくなり守備では練習してきた事を発揮することができました。バッティングでも、ちゃんとボールを打ちヒットにすることができました。試合には負けてしまいましたが、練習の成果をだせてよかったです。
 今年で全国大会が最後になってしまうと知っていたので僕は全国大会に出たいという強い気持ちでグランドソフトボールに挑戦しました。結果は届きませんでしたが強い気持ちで挑戦する事の大切さを感じました。この気持ちを忘れずに今後の学校生活に生かしていきたいです。

《一般の部》

甲府市 返田 順子

三つの宝物

 私には、これまでも、そしてこれからも大切にしている宝物があります。
 一つ目は読む、ということ。
 それはボランティアのみなさまによる音訳だったり、点訳してくださるものだったりします。行ったことのない異国の様子。自分には持ち合わせていなかった思慮深い考え方。明日からでも役立ちそうな料理のレシピ。挫折しながらなんとか苦難を乗り越えて行くお話など、自分自身に重なるところもあるせいか、ため息をついたりほっとしたり。そんなふうに多岐にわたる世界を、耳から、そして一文字一文字指で読みながら得られる充実感は至福のひとときです。
 二つ目はおしゃべりするということ。
 誰かとお話しするというのはとても心弾みます。それは言葉のキャッチボール。相手にうまく届かなかったり、私の方でうけそこなったり、たまにはとんちんかんなやり取りもあるけれど友だちと家族と、はじめて会った人と。おしゃべりするとうれしいオーラがいっぱい。メールや電話もいいけれどやはり顔と顔をあわせてのおしゃべりが最高ではないでしょうか。
 三つ目は白い杖を片手におでかけすること。
 通勤、買い物、誰かと楽しい待ち合わせ。外に出るという事は危険もたくさんあるけれど、それらをはるかに越えて心も体もわくわくしてきます。道に咲いている草花の色や形のうつくしさ、行き交う人のちょっとした服装のことなど、共に歩くヘルパーさんが教えてくれます。はるばる渡ってきたであろう鳥たちのさえずりや季節季節の風の感触。どれもみな私に元気と喜びをプレゼントしてくれます。

 「見えないという事は不便ではあるけれど決して不幸ではない」というどなたかの言葉を聞いたことがありますが日々実感しています。
こんなふうに大切な宝物に囲まれながら私に関わってくださる多くの仲間たちと跳んだり笑ったりしながらこれからもより幸せに生きてゆきたいと願っています。